春告げ抹茶ホイップ

私は絵を描く人か

私が直近でお絵描きしたのは今年3月のことのようだ。 以下のイラストをちょろっと描いたみたい。

その前に絵を描いたのは、2024年とかになるんじゃないかな。 この記事を書いた[1]ときの絵が今手元に残っている2番目に新しい絵な気がする。

もう少し新しい何か絵を描いたこともあったような気もしないでもないけど、もはや思い出せないし自分の手元にファイルはないので確認はできていない。

これまでのお絵描き歴を振り返ってみると正確に記録は残っていないが、今回のようにおおよそ数カ月から3年くらいのスパンで飛び飛びでたまに絵を描くという感じだったように思う。 お絵描き歴という意味では初めてペンタブを買ってからもう12年とか経っている気がするが、上述のようなペースでしかお絵描きをしていないのいで総お絵描き時間は全然ないというのが私の現状ではある。


ここ最近数カ月くらいはもはや全然創作やそれこそ絵を描いて作品を残したりはしていないけど、それでも私は自分が絵を描いたり創作したりする人間のつもりでいるという不思議な感覚がある。 この感覚を持つために「全く最近何も作っていないけど実は自分も創作をしたりするような人間だったんだ」と「全く最近何も作っていないけど実は」というエクスキューズをする必要も自分の中には感じていない。 現状の創作頻度であるにもかかわらず、普通にナチュラルに自分は創作とかする側の人間でいるつもりでいる。 実績を見ると、ここ最近は特にそれと言ってそれっぽいこともほとんどやっていないけど。

この態度は他人との衝突を避けるためにはエクスキューズは必要だとは思う。 ろくに作品も作っていない人間がさも創作者の代表のツラして何か語ったらイラつくのは当然だと思う。 そのため自分が作品を作る人間の代表者のつもりでもないし、作品を作っていない側の人間であるということを自覚しているということはポーズとして示しておかなければ、他人を不快にさせたり不要な衝突を生むかもしれない。 そのため最近は自分で自分が創作をやる口であると名乗ることはないけれども。 それでも個人の中では作品を最近作っていないから創作者として名乗れないわ、、、みたいなそういう感覚は全くない。

SNSで見かける世の中の絵を描く人は「最近絵を描いていないから人権がない」みたいなことを言う人もいる。 こういう場面で「人権」というワードを気楽に使うのはどうかという話はあるが、それはそれとして自分が何かを生み出す人間であると自分のことを定義してしまった以上、自分が何かを作っていない時間というのが不安になってしまうのかもしれない。

それに対して私は全く何も作っていなくても(それで退屈になることはあるとはいえ)自分の生きる意味とか考えたり不安になったりということは特にないなあ。 そういう意味で、自分は創作に人生を投げ打って全力を賭けているわけではないのかもなあ。

そのくせして、自認は絵を描いたり創作をしたりする側の人間なのだからなかなか厚かましいものである。


今回、このお絵描き歴の話題を書いたのは、今後はもう少しお絵描きの練習をしようかな、という気分になりつつあるからその前に現状を書いておくかあという考えである。

まあ、気分であるだけなので何もやらずに終わる可能性の方が高いが。 今までも何か創作をやりたい気分になった翌日に結局昼寝して何もしないまま1日が終わるということを繰り返してきたし。

でも、まあ明日も気が向いていたらお絵描きの練習とかしてみても良いかもなあとは思っているので、明日の自分にあまり期待せずにちょっとだけ期待しておく。

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  1. 1. お絵かきソフト「Aquamarine Painter」を作ってみた

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