春告げ抹茶ホイップ

激動の時代を生きている

AI がコーディングをするようになって私のプログラマ関連の仕事は一変したし、ここしばらくは脆弱性祭りで社会は大変なことになっているし。 プログラマや技術職をやっていて AI の力を全力で活かしてどんどんプログラムを書いているので、そういう面で AI が加速する創造性というのも知っているから AI を頭ごなしに批判できないが、一方で AI が社会に混乱をきたしまくっているのもよくわかる。

こんな感じのここ 1 年から直近数カ月の変化だったり、あるいは直近の 1 週間の脆弱性祭りの混乱を見るだけでも、私は激動の時代を生きている人になったんだなあという感慨がある。


私は中高生くらいの頃は、自分が生まれた時代がつまらないと感じていた。 地球の上は探索されて未開の地は深海くらいしかないし。 産業革命も世界大戦もはるか昔。 なんだったら月面着陸も私が生まれるはるか前に終わってしまっている。

あるいは私より少し上の世代の人はインターネットやコンピュータの登場で世界が変わる瞬間を目にしていたのかもしれないが、私が生まれた 1995 年はインターネットは既に存在はしていたし、自分が子供になって物心がついた頃には Windows マシンが家族共用マシンとして存在していてコンピュータの存在も生まれたときから存在していた。

もはや、何か新しい世界を大きくひっくり返すようなことは起こらず、このまま順当に科学が発展して少しずつ生活がマシになっていくだろうけれども、何もかもひっくり返ったりびっくりするような領域は特に残っていないつまらない時代だなあと思っていた。 それがまあ安定し平穏で平和であることの裏返しではあるから、まあ多くを望んでも仕方ないし、今の安定した世界で静かに暮らすのが良いのだろうなあ、夢はないけど。

みたいに思っていたのが、あれよあれよという前にまた戦争も全面的に行われるし AI でまた大きく世界のルールが変わろうとしているし。 今を生きる私たちは、将来歴史を学ぶ人から見て激動の時代を生きていた人の一人になっているのかなあ。

戦争やら脆弱性ついて社会が混乱するわ、悪い面が多いのは気にあるが、それはそれとして中高時代に感じていた安定性の裏にある閉塞感というのが、今では一寸先はどうなるかわからない時代になっており、こんな不安定で先も見えない激動の時代を自分が生きていけるようになったんだという感慨がある。 中高生時代に閉塞感を受け入れ、「激動」を体験することを諦めとともに手放した自分からすると、不謹慎ではあるがワクワクしてしまう。

まあそれはそれとしてこの歳になると中高生の頃よりだいぶ安定志向になっており、そんな社会の混乱は起こらないでほしいなあとは願ってしまうが……。 世界はそんな個人の願いとは無関係に暴力的で、個人がどうこうできるものでもないから、世の流れには身を任せるしかないわね。

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