春告げ抹茶ホイップ

日記 2026-10-07 / 英語が苦手

今日は英語の勉強を頑張るためにLLMとのやりとりを英語にして、さらに添削の内容なども記録してもらう仕組みを作ったという記事を書いた[1]。

この記事で書いたとおり、コーディングエージェントやAIとのやりとりを英語にしてみるという試みを始めたというのが今日一番大きな出来事なので、今日の日記ではその英語と私との間の因縁についてちょっと書いてみよう。


思えば、私は子供の頃から英語には苦しめられてきたものだ。

英語に関して私の最古の記憶は確か小学生になるかならないかの頃で、ひらがなをマスターした私が親に「ひらがなの『の』に当たる英語のアルファベットの文字は何か?」という趣旨の質問をして親からそんなものはないという回答を受けたことである。 当時の私はその親の回答に納得できず癇癪を起こして大泣きするところまでいったというのが謎に記憶に残っている。 思えばその時から私と英語の関係は雲行きが怪しかったのかもしれない。

そのまま中学で無事に英語が苦手教科になり、高校では毎回定期考査で英語は2点とか3点とかの赤点を取るようになった。 これはたまたま書いた単語がたまたま部分点に引っかかったとかそういうのであり、つまり何一つ高校英語を理解していなかったということだ。 そして大学に進学してからは受験勉強も終わりさらに英語から遠ざかり元々高くない英語力は落ちる一方。 大学院の進学時の院試の面接で指導教官になるはずの教員から「TOEFLの点数が低すぎる」という旨を指摘されて冷や汗をかいた覚えがある。

そのまま日本に住んでいれば英語なんて使えなくても生きていけるし、という考えでその後はまた英語から離れていたのだが、昨年転職して英語が必須の職場に就職してしまった。 大変だあ。


私がどのくらい英語が苦手かというと、入社した当初は会話で疑問文が使えなかった。 疑問文なんて、中学英語ですぐに習うしそんなわけないだろうと思うだろう。 私もまさか自分が疑問文が使えないとは思わなかった。

例えば「私もこのアンケートに回答するべきですか?」と質問しようとしたときに、私の中では「私も回答するべき」くらいの部分が頭の中で組み立てられた時点で口から「I should answer…」と口に出てしまっていたのである。 日本語では疑問文にするかどうかの判断は最後に「ですか?」とつけるだけなので作り出した文章が疑問文かどうかは最後につけ足せばよいので、そのノリで英語で話し始めてしまうと「I should…」で始めてしまって最後になって、「あ、 Should I で始めなければいけなかった!」と気がつくが後の祭りという状況になるのだった。 仕方がないので申し訳程度に最後だけ上がり調子てクエスチョンマークを演出して疑問を呈したかったということをアピールするのだが、そもそも文法がこのレベルでごちゃっているのである。

疑問文なんて何も難しくないと思っていたのに、英語で相手の話を理解してなんとか自分の考えを即座に英語で話そうとすると、そういう基本すら全然出てこないということに愕然としてばかり。

そして入社して1年経てば英語も使えるようになるだろうと思ったのだが、全然使えるようにならないのである。 というのも、上司の判断でたぶん私の英語力だと海外の人とのやりとりが不可能と判断されて日本人がメインのチームに入れらており、その結果英語が壊滅的でも仕事がなんとかなってしまうのである。 そしてそのせいで英語が上達しないので海外の人との仕事に回ることができずという悪循環。 入社時に「今すぐ英語ができなくてもよいが、しばらくしたら英語ができるようになることが期待される」という旨を説明を受けていたのでこれではまあマズいわけだ。


そんな私でも、さすがに1年経つとミーティングのときに「Let me share my screen.」とさらりと言えるようにはなっている。 そんな「Let me …」なんて表現、昔の自分なら自力で英作文しても即座には出てこなかっただろうが、同僚がみんなスクリーンをシェアするときに「Let me share my screen.」とか「I’ll share my screen.」とか言っているのを何度も聞いていて、定型句として自分でも使っているうちにさらりと出てくるようになったのである。

ここからわかるのは日々自分で使う表現はさすがに覚えてするりと出るようになるということではある。

しかし、「スクリーンを共有します」は定型文で良いとしても、普段の技術的な内容についての報告などは毎回同じ文章を定型文でというわけにはいかないので、毎回翻訳機を使ってしまってその結果として自分の表現として全く取り込めていなかった。

やはり、翻訳機に頼らずに自分で英語表現を知ってそれを使っていくことでその表現を獲得していくというのをやっていかねば自分の身にはならない。 そのために普段の趣味開発のAIへの指示などを英語のやりとりに置き換えるというのは、悪くない考えな気がしている。


私は現状なんとか速やかに日々の仕事に苦労しない程度に英語が使えるようにならねばならない立場なので、私には頑張ってほしいところである。 今日から毎日AIとのやりとりを英語で行うことで、多少は上達していってほしいなあと願うばかりである。

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References

  1. 1. Hermes Agentと英語学習

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