読書メモ 『政治学〔補訂版〕』序章
「政治学補訂版」を読んでいく。 ひとまず目次と序章だけを読んだので、その時点での感想をメモしておく。

感想メモ
この本は 550 ページあり分量は多いし内容も濃そうな気がするので、じっくり時間をかけて読むというよりは 2~3 度読む前提で最初はサクッと流しながら読んでいこうと思う。
目次
目次を見るだけでも非常に広範な内容を扱っているように見える。 が、どれも重要そうで興味ある分野ではある。
序章の内容メモ
いきなり「七人の侍」の話が出てくる。 黒澤明の有名な映画の話である。 私はこの映画を見たことがなかったので、この教科書の最初で簡単な概要が説明されて面白そうだから後で見てみようという気になったが。
この教科書ではその七人の侍を持ってきて代理人を立てて政治を行うという話のつかみの話としていた。 これがとてもわかりやすい。
この映画は侍が農民を搾取しているのかと思いきや、侍を農民が雇っている。 元々、農民の村には収穫期に野武士がやってきて育てた穀物を奪われてきた。 戦の経験がないので対抗する術もなかった。 そこで侍を雇おうということになった。 雇われた 7 人の侍は村にやってきて村の周りに堀をめぐらせたり柵を設けさせたりしたが、それだけでなく農民に竹槍を持たせて戦い方を教えた。
そして、農民の中には野武士と戦うのを尻込みしたものもいる。 農民からすれば、たとえ自分ひとりくらい戦いに参加しなくても残りの農民がみんなしっかり戦ってくれれば問題にならないと考える人がいてもおかしくないだろう。 しかし、他の農民も同じことを考えて全員戦わなかったら、いくら手練の侍が 7 人いても村を守れない。 そこで侍は村人が自分だけ戦いから逃げて「ただ乗り」(フリーライド)することを防ぐ役割も期待されている。 訓練せずにサボる農民を侍はサボるんじゃないと叱咤する。
映画において、侍は村を守るために川向こうにある 3 軒の家は諦めて川のと k ろに防衛線を引く作戦を立てる。 そのことを知らされた川向こうの農民は「自分の家捨てて他人の家守るために、こんなもの担ぐこたあねえ」と竹槍を投げ捨てた。 これを見た侍のリーダーは、「待て、その槍を取れ、列へ戻れ!」と叫び、刀を抜き放った。 「あの 3 軒を守るために、村を滅ぼすわけにはいかん。村なくしてあの 3 軒が生き残る道もない。他人を守ってこそ、自分も守れる。戦とはそういうものだ。おのれのことばかり考える奴は、おのれをも滅ぼす奴だ。そういう奴は……」と大声を響き渡らせつつ逃げようとする農民たちに向かって走ったのである。 農民たちは、慌てて槍を拾い列へ戻ることになる。 七人の侍の見せ場である。
ここに政治の中でも重要な概念が見て取れる。 野武士の襲撃から村を守るという「共通の目的」が、その村に済んでいる農民たち「本人」だけでは実演できない。 それは戦いが苦手だからではなく、タダ乗りを防げないからである。 そこで「代理人」として侍を雇い、戦を教えてもらうだけでなくみんながサボらないように強制してもらっている。
この「本人」「共通の目的」「代理人」というのが政治でも重要である、とこの本では主張している。 この本は政治をこの 3 つのキーワードから整理して説明するというかたちを取られている。
現代の世界では「本人」は国民であり、国民の利益の実現が「共通の目的」となる。 そのために雇う「代理人」が政府である。
七人の侍では共通の目的がなんであるか、つまり代理人がこなすべき役割がわかりやすかった。 現代日本などにおいては、政府はどのような目的の実現のために政府というのが統治することが認められているのか。 その正当性がなんなのかという問題が第一部で語られることになるらしい。
しかし、現代の政府がいかなる役割を果たすべきで、国民共通の利益とは何かというのがまずそもそも難しい問題である。 政府とはいかなる目的を実現すべきかということこそが、そもそも政治の世界における重要な争点だそうだ。
この代理人たる政府に対する期待の変遷や、それに伴う対立などが色々変化していっているので、第二次世界大戦以降のその政治にまつわる変遷を示すところからこの本では説明されるらしい。
公共財、治安とか安全とか、あるいは水や空気といった共有資源の管理は民間に任せるわけにはいかず、これらを管理するのも政府の役割ではある。 市場に任せるとうまくいかない「市場の失敗」となるものを解決するのは政府の 1 つの役割。
しかし、政府の役割はそれだけではない。 自由主義では、さらに福祉国家と言って社会の貧富の差とか貧しい人を救うとか、富の再分配の話とか、そういうのも政府に期待される。
このような役割を担う政府というこういう風に政府を見るという考え思想がどのように生まれたかの説明もこの本では行われる。 代理人としての政府というのは契約的国家観に近い。 ヨーロッパの政治思想の本流に遡れる。 一方で、国家だけでなく家族や地域共同体も歴史上共通の利益を実現する主体であったということで、それらの国家以外の代理人と国家の対比などもみていく。
さらに、話はもっと難しいのは国際社会。 国際社会においては代理人の強いコントロールする存在は存在しない。 国際連合もきわめて限られた強制力しか持たない。 国内社会と国際関係はまた話が違ってくるのでその特徴も別途捉える必要があると。
国際社会において国家の安全はどのように守られるのか。 国際社会においてどのように富が再分配され、豊かな国と貧しい国の格差にはどう対処すべきと考えられているのか。 それを代理人なしでどの程度解決できるのだろうか。
侍がサボらないためにはどうすれば良いのか。 侍の業績を測って業績給を採用するのか、複数の侍チームを作って競わせるのが良いのか。 色々な工夫があると言えばあるが。 政府に任せればすべてうまくいくわけではないので、政府がゆがんだ決定や非効率なことをしないためには、 政府の失敗に陥らないためにはどういう設計をすればよいか。 効率的に仕事をしてくれる代理人をどうやって設計していけばよいのか。
議会の中にもさらに内閣というものがあり代理人の中の新たな本人-代理人の関係が生まれる。 どの程度内閣総理大臣にリーダーシップを求めるのか、トップダウンが望ましいのか調整型が望ましいのか。 議論が分かれるところだが、そのあたりについても様々な議論がありそれらは政治学の対象でもあるのだろう。
さらに、議会がまた別の代理人である官僚というのを雇う。 本人である政治家が代理人として官僚を使うと言える。 ここでも、どういう仕組みが官僚に仕事をちゃん t のさせられるのか、その仕組みづくりの話になる。
政治家と官僚の関係についてもその分業関係がどのようになっているかも議論の問題点。 官僚に政策のアイデアを準備させたりするけど、それでは本人と代理人の立場が逆転しないだろうかとか?
あとは中央と地方政治という話もある。 それなりの規模のある日本のような国家では、中央ですべての地方の細かな政策を決定し執行するのが難しいので地方自治体に一定の仕事を行ってもらう。 この行ってもらうというのも代理人を立てるということであり、ここには代理人を立てることによる共通の目的は何かの正当性と、そしてどうやって代理人に仕事をちゃんとさせる仕組みを作るか、という問題が出てくる。
そして政治の代理人はどのような政策を行うのか、政策を決定して執行していく過程がどうなっているかとか。 政治学理論の観点からの政策過程に対する説明や、政策過程の分析方法なども色々な理論が提唱されちるので、それらの動きを見ていくのもこの本に書かれている。
代理人を正しく働かせるには本人の監視が必要。 本人の自覚が薄く、ちゃんと代理人をモニタリングできなければ、代理人は自分勝手な行動をするかもしれない。 このモニタリングにおいて、自分ひとりぐらいやらなくて良いや、と感じずにちゃんと全員が真面目に代理人の仕事をモニタリングしていくには、民主主義を支えるには市民や文化はどのようにあるべきだろうかという話も議論の観点である。
マスメディアの政治における役割についてもこの本では考察される。 マスメディアは本人が代理人をモニタリングする手がかりになる一方で、代理人がマスメディアを通じて本人に働きかける場合もある。
最後に人間の合理性という考えについても説明された。
その上でこれらの政治的な観点について解説していく、という序章より後の第 1 章以降の内容のオーバービューが序章では提示された。
序章の感想メモ
本人だけでは実現できない共通の目的のために代理人を立てている、という形自体を私は認識していなかった。 そもそもなぜ政府があるのか、その正当性がなんなのか、なんで統治などという権限を持っているのかについてそういえば考えたことがなかったので、この序章のこの説明だけでもこの考え方を知れただけでもかなりの収穫に感じている。 そういう観点があったのか、というのがそもそも抜け落ちていたが、政治ってそういうことを考えていくのね。
「仕組みづくり」という観点にも興味ある。 前職でソフトウェアエンジニアをやっていたときも、エンジニアリングの課題をどうやって仕組み化して解いていくか、同じ問題を繰り返さないために問題をそもそも起こさないような仕組みを作るにはどうしたら良いかというのは常に問われ続けていた。 そういう意味でどういう仕組みを作って政治を動かしていくか、モニタリングを効率的にワークさせていくかということを考えるのは面白い問題でもある気がする。
福祉が政府の役割として考えられるようになってきたという話について。 福祉の話について、資本主義では働けない人消費できない人に厳しい側面があり、その面をどうするかという話は別途考える必要があるとは思っていた。 しかし、それもある種の思想であり、政府の役割がどこまでであるかという考え方は色々広がったり変化したりしているのだという話があってその部分にも興味がある。 政府が福祉とかに力を入れるのはそういうものだ、と何にも疑問に思わずにいたが、その部分も政治的議論の対象だったのね。 言われてみれば高齢者の医療の保険を削るかどうか、などと言うような議論がこのところ話題になっているし、今の日本においてもこの辺りの政府の役割という話は重要な争点である。 福祉や平等、そのあたりと政府のあり方と政府の役割としてどこまで求めるかと。
ということで、序章のつかみはばっちりだった。 いきなり七人の侍の話が始まったときは面食らったが、ガッツリ興味をつかまれてそのまま第 1 章以降の本文についても非常に興味が持てることがわかった。
また、これまでの何も疑問に思わず当たり前だと思っていた政府が存在するということや、政府が福祉を考えることなど、それらも根拠があったり思想が変化してきたり、色々知らないといけないことは多そうだ。
引き続きこの本の続きを読んでいこうね。 面白い話だし、読むモチベが高まる序章のおかげで読み進めたい気持ちも強い。
あとはどこかのタイミングで七人の侍も見てみたいね。